「自分らしく生きる」 徳島新聞 2014年5月23日


性的少数者の力に

同性愛や性同一性障害(GID)など性的少数者を支援するNPO法人「Japan・GID・Friends」の理事長、清水展人さん(29)=徳島市西須賀町=による講演「自分らしく生きる」が、徳島市のときわプラザであった。
女性から男性へと生まれ変わったGID当事者の清水さんは「(性的少数者への)偏見をなくすため、まず自分が変わろうと思った」と活動への思いを語った。(徳島新聞:萬木竜一郎)

 

偏見なくすため活動

神戸市に3人姉妹の長女として生まれた。
中学生の頃から好きになるのは女の人。
自分が何者なのか?と思い悩み、人からおかしいと思われるかもしれないと感じた。
「これは誰にも言ってはいけない」。中学時代はそう考えていた。

高校に入り、女の子が好きだった中学時代を断ち切ろうと、タンスにあった好きなジーパンやTシャツを捨てた。
代わりに、かわいらしい服装やスカートを買った。
男性と付き合ったことがないからおかしいのではないかと思い、学校でも有名な美少年と交際を始めた。だが、実際に付き合ってみて気づいた。
私がこの人に抱いているのは「好き」という気持ちではなく、こんな人になりたいという「憧れ」だったことに。
やっぱり私は男の人を好きになることができない。

その頃、「三年B組金八先生」というドラマをみた。
性同一性障害の話があり、「自分はこれだ」と確信した。
自分のアイデンディティーが明確になり、初めて好きな女性に告白することができた。
その人には振られてしまったが。

スポーツ推薦で短大に入学。
両親にGIDをカミングアウトし、病院でGIDとの診断を受けた。
障害ということがわかって一瞬ほっとしたが、その後、すごく不安になった。
これからどうやって働けばいいんだ、どう生きていけばいいんだろう、と。

手術資金をためるため、学校で子供たちに交通安全を教える仕事に就いた。
1年半くらいで費用がたまり、手術のため海外へ行くことになった。
「絶対に大丈夫だ。絶対にうまくいく。絶対日本に帰ってくる。命は助かる」と自分に言い聞かせ、日本を飛び立った。

実はGIDと診断されてから、父とは毎日のように喧嘩をしていた。
「思い込みだ」「教員免許を取っても、それでは採用されるわけがない」。

そう言っていた父が仕事を休み、手術に立ち会ってくれた。

手術が無事に終わり、裁判所で名前も性別も変えた。だが、それからも戦いは続いた。

性同一性障害という言葉を耳にすることがあっても、社会の理解が進んでいるとはいえない。
当時、女性として働いていた交通安全の仕事を辞め、職を探した。
ありのままの自分を受け入れてくれるところに主食したいと思い、いろんな企業にカミングアウトして回ったが、なかなか仕事は決まらなかった。

ようやく近所にある畳屋に就職でき、初めて男性として仕事を始めた。
ホルモン注射を打っていて筋肉はあったが、体力的にきつかった。

そのころリハビリステーションの本と出合い、畳屋の仕事を辞めて専門学校へ入学。
3年間必死に勉強し、作業療法士になることができた。

その専門学校で妻と知り合い、就職してから結婚。昨年、妻と2人でユーチューブにいろんな動画を投稿した。結婚式やGIDの悩みを持つ人に対するアドバイスなどだ。
会いたい、協力したいという人が増え、「Japan・GID・Friends」という団体をつくり、3月にNPO法人になった。

私が活動する中で意識していることがある。「先に変わって魅せる」。
私はGID当事者だが、以前はGIDや性のことに関して偏見があった。
でも、まず自分が変わって前に出ようと思った。

同じ当事者の人を勇気付け、力になれるかもしれないと。そうすれば、誰もが心を開きやすい社会へ少しずつ変わっていくのかもしれない。
そんな思いで、これからも活動を続けていきたいと思っている。

 

 

 


性的少数者の苦悩 本に 徳島新聞 2017年1月27日

違和感克服 半生つづる

「自分らしく生きる 性別違和を乗り越えて」を出版した清水さん=徳島市西須賀町の自宅

同性愛や性同一性障害など性的少数者の存在や悩みを知ってもらおうと、一般社団法人「日本LGBT協会」(名古屋市)お代表理事・清水展人さん(31)=徳島市西須賀町=が「自分らしく生きる 性別違和を乗り越えて」(A5判、102ページ)を出版した。

性同一性障害に苦しんだ自らの半生を振り返り、性別への違和感を克服するまでの道のりをつづった。

 

「自分らしく生きるー」では、女性として生まれたものの物心がついた時から性別に違和感を覚え、性同一性障害と診断されるまでの心の揺れについて述懐。
21歳の時に台湾で受けた性別適合手術を機に長年の悩みが解消され、戸籍上の性別を変更したり結婚したりして「男性」として歩み始めた喜びを記した。

障害を告白してからの親子の葛藤についても書いた。「カミングアウトした時は両親はすごく優しく聞いてくれていたのですが、日々対応が違うようになってきた」と説明。

病院を訪れた際に母親が「うちの子どもにそんなこと(障害)あるはずがない」と泣いて医師に訴えたエピソードなどを織り交ぜている。

清水さんは「性的少数者は徳島にもたくさんいる。その事実や当事者の悩みを、一人でも多くの人に知ってほしい」と話している。

 

星雲社から千部発刊し、増刷中。税込み千円。(徳島新聞:三浦麻衣)