我慢なぜ強いるのか 中國新聞 2016年4月14日

生殖医療 〜命が始まるとき〜

性同一性障害 社会の壁

“ 子を持つ権利 ”

帰宅した妻は今にも泣き出しそうだった。
受信した病院で男性医師から、困ったような顔で言われたという。
「受け入れてくれるところなんてないですよ」と。
悔しくて、夫婦で泣いた。やっぱりまだ、そんな風に言われるんだなー。

 

徳島市に住む清水展人さん(31)は、体と心の性が一致しない性同一性障害の当事者だ。
女性の体で生まれたが、21歳のとき子宮や卵巣などを取り除く「性別適合手術」を受けた。
そして、戸籍の性別を女性から男性に変えた。

 

ありのままの自分を愛してくれる妻彩加さん(27)と出会い、結婚。
子どもが欲しいと考えたとき、一つだけ方法があることを知った。
第三者の男性から精子の提供を受けて人工授精を試みる。いわゆる非配偶者間人工授精(AID)だ。

具体的な相談をしようと2年前、初めて妻が一人で病院を訪ね、あの医師の言葉にぶつかったのだ。
「受け入れてはもらえないよ」。悪気のないひと言だったのだろう。でも清水さんにとっては、ずっと闘ってきた言葉でもあった。

物心ついた頃から苦しかった。月経や胸の膨らみも、かわいらしい洋服をあてがわれることも。

女という自分の性に対してまとわりつく、強烈な違和感。

それを周りに理解してもらうのは難しかった。「どうせ受け入れてもらえない」。
傷つくのが嫌で、心を隠して10代を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

法は変われど

転機は2004年。
性同一性障害特例法が施行され、卵巣や精巣の摘出などをする「性別適合手術」を受けるなどして一定の条件を満たせば、戸籍の性別変更などができるようになった。

もう我慢しなくていいんだと清水さんは思った。「違うものは違う。嫌なものは嫌。」と言っていい。

それを、社会が受け入れたんだと。

 

幼い頃に比べ、この障害への理解は広がった。そのはずなのにー。戸籍上も男性となり、妻を得て、子どもが欲しいという自然な心の動きが拒まれるのはなぜだ。

 

清水さん夫婦はAIDを実施している別の医療施設を自力で探そうとした。いくつかのホームページにたどり着いたが、どれも「ただし、性同一性障害の方へは実施していません」などの言葉が添えてあった。

 

結局、通える範囲で受け入れてくれる医療施設を見つけることはできなかった。血液型などの条件が合う親しい知人男性から精子の提供を受け、彩加さんの排卵のタイミングに合わせて子宮に注入する方法を試みた。

それを1年ほど続けたが、まだ妊娠には至っていない。

 

理不尽ではないか。無精子症など、生まれつきの病気で妊娠できない夫婦には、不妊治療として行われるAID。女性の体で生まれ、精巣がない自分にはこんなにも遠い。

根強い偏見に戸惑いながら、清水さんはまだ見ぬわが子に想いをはせる。「どうか生きづらくないように。特別な目で見られない社会に、早くなってほしい」

 

性同一性障害の人は全国に約4万6千人との推計もある。

法務省によると、11〜15年の5年間に性別変更をした人は計約3800人。

性別適合手術など心と体の不一致を解消するための医療体制は、徐々に整いつつある。

 

 

 

 

 

 

 

支援は限定的

岡山大病院ジェンダークリニック(岡山市北区)では、精神科、婦人科、泌尿器科、形成外科の医師たちが、障害の診断やホルモン療法、手術などに当たる。AIDは実施しておらず、妊娠を望む夫婦には大阪や東京の実施施設を紹介している。

 

「ただ、性同一性障害の人たちのAIDを受け入れている施設は、ごく限られているのが現状です」。
同クリニックで婦人科の治療に当たる中塚幹也教授(54)は語る。

背景には不妊治療技術の進歩がある。

 

近年、精巣から1個でも精子が採取できれば体外受精を試みることができる。

「顕微授精」の治療が確率し、無精子症の夫婦でもAIDを行わずに妊婦が目指せるようになった。

精子提供者の確保も難しくなり、実施施設は減る傾向にある。それに加え、性同一性障害への社会的認知度はまだ低く、受け入れる施設はさらに限られるという。

 

中塚教授は「性別変更が法的に認められ、『家族を持ちたい』と願う性同一性障害の当事者は、今後も増えていくだろう」とみる。

「その人たちをサポートする医療をどう提供していくのか、医療側も問われています」(記者:教蓮孝匡)


子を抱くまでいくつものハードル

性同一性障害の当事者が、夫婦の子どもを持つことを望んだ場合、そこに至るにはいくつもの段階を越える必要がある。

 

まず、2人以上の精神科医から性同一性障害であることの確定診断を受ける。

確定すれば、ホルモン剤投与・精巣・卵巣・子宮・陰茎などの切除(性別適合手術)といった治療を受けることができる。

 

性別適合手術などを受けた上で条件を満たせば、性同一性障害特例法に基づき、家庭裁判所で戸籍の性別変更ができる。家裁に医師の診断書などを提出し、審査を受ける。

 

その後、養子縁組以外の方法では、第三者が関わる生殖医療で妊娠、出産を目指すことになる。
生まれつき女性で男性に性別変更した人が、妻との間に子どもを望む場合はAIDを試みる。

生まれつき男性で女性に性別変更した人が、夫との間に子どもを望む場合、第三者から卵子提供を受けて、代理出産を依頼する。